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2022年6月

盟三五大切(ネタバレあり)

花組芝居創立35周年記念公演

第一弾 花組ヌーベル

下北沢小劇場B1


原作:四世鶴屋南北

脚本・演出:加納幸和


キャスト:

冨森助右衛門/古道具屋はしたの甚介/十二軒の内びん虎蔵/夜番太郎七:山下禎啓

家主くり回しの弥助実は民谷中間土手平/賤ヶ谷伴右衛門実はごろつき勘九郎:八代進一

徳右衛門同心了心/船頭お先の伊之助/役人出石宅兵衛:北沢洋

回し男幸八/判人長八実はごろつき五平/里親おくろ:磯村智彦

薩摩源五兵衛実は不破数右衛門:小林大介

船頭三五郎実は仙太郎:丸川敬之

芸者小万実は民谷召使いお六:永澤洋

若党六七八右衛門/芸者菊野:武市佳久


素敵だった!

流石、花組芝居!と思った。


 歌舞伎でもこの演目は何度か観ている。

 花組芝居では13年振りの再演。前回もその前のリーディングも観ている。

 ストーリーだけ追うと結構とんでもない話で、悲惨だし、ちゃんと確認しなさいよ(-_-;)とちとイライラしたり、あれだけ残虐非道をしておいてそれでも数右衛門殿は仇討ちに参加出来るんだ😓と苦笑したり・・・(ま、そのために周りは命を捨てているのだから、行ってくれなきゃ余計切ないことになるんだけど)。

 それでも観ていると引き込まれて面白いし、泣かされそうにもなる。つくづく歌舞伎とシェイクスピアって似てると思ってしまう話の一つ。


 で、花組芝居版。

 歌舞伎で通し上演をやったら何時間かかるんだ?(コクーン歌舞伎ではギュッと詰めてたけど)という舞台を、殺陣有り、お遊び有りのてんこ盛りなのに、2時間弱?できっちりまとめてしまう。今更驚きはしないけれど、やはり凄いと思う。


 現代のお通夜風景、舞台の周りには観客からの供花が並び、黒のスーツをそれぞれにすっきりと着こなした役者さん達が挨拶し合うシーンから始まる。開演前は裏返してあった故人の写真は水下さんで、水下家のお通夜という体。

(ちなみに入口の受付の方々も喪服姿、グッズにはお香典返しが並んでた😅 黒仕様で来る観客も多かった。自分を含む 笑)

 ビールで献杯、テレビでは5年前の「いろは四谷怪談」が流れ、スマホで呼び出されて出ていく人もいる。何故か電子レンジもある。

 そして一旦全員がはけた後、一瞬のプロローグ、暗転して時代が飛ぶ。


 セットも衣装もそのまま。鬘や若干の小道具はあるが、あとは役者さんの技量のみで世界が変わる。ものの見事に。


 大体、その鬘だって、何じゃそりゃ?と首を傾げるような代物、月はヤカンだし、小万は狂言自殺で電子レンジに頭を突っ込むし、太郎七はランドセル背負ってるし、ラスト近く、源五兵衛が小万の首を前に飯を食う凄絶なシーンも、食す飯はレンチンしたパックご飯だ。

 そこに歌舞伎の柝の音が響き(役者さんが打つ)、血飛沫を模した赤い投げテープが飛ぶ。


 こう書き連ねると自分でも巫山戯ているようにしか読めない😓

 が、違う。間違いなく「盟三五大切」通し上演。

 愚かだなぁと呆れたり笑ったりしつつも、惹き寄せられ、泣かされる人々の世界。

 それも小難しい訳ではなくて、かなり可笑しい。

 役者さん皆様、性別、年齢、時代まで縦横無尽、軽やかにヘンテコなこともやってのけて可笑しいから余計切なくもなる。

 スーツ姿、格好いい!と思いながら、武士にもごろつきにも芸者に思えるのは、なんとも豊かなことだなぁと改めて思う。

 勿論、私は花組芝居の舞台をかなり観ていて加納さん演出に馴されてしまっている所もあるし😅、歌舞伎も観ていて話を知っているせいもあると思う。

 もしかしたら知らないと何がなんだか?になったのかも知れない。だからなのか、今回は毎回前説に加納さんが出てらして、このお話の概要、四谷怪談、忠臣蔵との関係性、このお話が出来た裏事情などを解説して入り込み易くされていた。


 役者さんは皆様、素敵だった。


 源五兵衛の大介さんは前半がまあ、可愛い可愛い 笑 根がお坊ちゃんで純粋培養だったのか、君は?と苦笑するくらい小万さんにメロメロ😅 真面目な武市八右衛門の諫言も聞いちゃいないし。大介さん、最近ますます可愛らしい役もお似合い 笑 

 その分、血飛沫を模した赤い糸を纏わり付かせた惨殺シーンは凄まじかったし、小万の首を前に飯を食うシーンは凄惨だが切なかった。殺陣は格好良かった!


 三五郎の丸川さん、いつの間にこんなに格好良くなったんだ?と思うくらい、すいっと若々しい色悪な雰囲気がとても素敵だった。永澤小万さんとイチャイチャする様もお似合いで 笑、何度か素っぽい話し方になる所と元に戻る切り替えもさり気なく自然で良いアクセントになっていた感じ。桂さんに泣かされ、水下さんに「トイレで泣け!」と言われたエピソードが本当か嘘かは不明だが、八代さんとの会話の流れも良くて ‘水下さん’ がすんなりお芝居に入ってきてた。

 

 小万の永澤さん、キュートだった。お声も艶があって、婀娜っぽさというより小悪魔?と思うけれど少々清々しさが勝っているような雰囲気も丸川三五郎に合ってる感じで良かった。何度かもりもりご飯を食べていて、おお〜?と思ったあとで、そりゃ、若い男子なんだから当たり前だよなと可笑しかった。しかし32歳になるって、それこそ、おお〜?であった😅


 旦那様に一所懸命に尽くしても報われない真面目な八右衛門さんな武市さんも良かった。まれに大介源五兵衛さんと仲良く話してるシーンは微笑ましかったし、丸川三五郎に体よくあしらわれる様も可愛かった😅 菊野さんも可愛かったが、菊を頭に付けて菊野ってそれはこの前の朝顔な永澤さんとおんなじじゃん、とチラッと思った 笑

 ついでに小万に夢中な源五兵衛殿にため息をつくシーン等、シャンソマニアⅡのカーテンコールで「洋君ばかり見てないで、僕も見てください!」と大介さんに直訴していたヨサク君が重なった😅


大介さん、丸川さん、永澤さん、武市さんが4人揃っているシーン、おお、富姫様二人と図書様二人だ〜と思ったりした 笑


 山下さんは、貫禄ある冨森殿から謎の小学生?太郎七殿まで、なんかもう・・・自由自在。「水やん」と言いながら添い寝するところはさらっと泣かされそうにもなるが、太郎七さんはもう奔放過ぎて酔っ払い姿とか思い出しても笑ってしまう 笑


 北沢さんはちゃっかりした船頭さん、心許ないお役人😅、そして忠義者の三五郎父とニコニコしながらご活躍。初日は台詞が飛んでしまった小万さんのフォローを、ええぃ、とにかく、という感じで強引に進める勢いに見惚れた 笑


 ベテラン勢に囲まれながら、小万さんに顎で使われる幸八さんとかおくろさんとか着実にこなす磯村さん、どこか困ったような愛嬌が素敵 笑


 そして、花組芝居の舞台は5年振りな八代さん。舞台自体はあちこちで観てはいたけれど、花組芝居で拝見するとまた格別。しなやかさ、軽やかさ、バババ伴右衛門殿 笑 の強気と弱気が同居して見えるような雰囲気、マシンガンを撃つ姿に見惚れた 笑

開き直った土手平殿のワル振りも良かったが、その前の幽霊での困惑振りも楽しかった。初日は劇場に入って右側の席にしたら、八代さんのお役の数々がよく見えて、つい追ってしまい、土手平殿が亡くなっても色々お働きだったりすること等も楽しんでしまった😅



【あらすじ】

 自分の落ち度で盗まれた金を戻すことで塩冶家の仇討ちに加わることが出来る不破数右衛門は残りの百両の工面に苦心していた。

 若いうちに勘当され主の顔も知らない仙太郎も数右衛門のために金を集めていたが、彼は妻お六を芸者にして源五兵衛という浪人に貢がせていた。

 そして源五兵衛が叔父から受け取った百両をまんまと騙して手に入れるが、怒りに燃えた源五兵衛が襲ってきて彼らの仲間を皆殺しにする。


 危うく逃れた仙太郎とお六だが、引越し先で見つかってしまう。しかし、先の殺人の咎で役人が源五兵衛を捕らえにくる。が、源五兵衛小者の八右衛門が罪を被って捕らえられる。一旦は帰った源五兵衛だが、仙太郎が留守の時に再び現れ、お六を殺し、首を持ち帰る。


 そこへ仙太郎の父が、仙太郎が偶然手に入れた師直家の図面を持ってやってくる。彼は先に仙太郎が入手した百両も届けていた。


 源五兵衛は実は不破数右衛門。仙太郎はそれとは知らずに主のために主を騙していた。腹を切って姿を見せた仙太郎は、数右衛門の罪は自分が被ると告げる。

  数右衛門は仇討ちへと向う。

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コーラないんですけど(ネタバレあり)

渡辺源四郎商店第36回公演

Presents うさぎ庵 vol.18

5月8日夜、5月10日昼観劇


作・演出:工藤千夏

キャスト:

母/ケイちゃん/他:桂憲一(花組芝居)

母/ケイちゃん/他:大井靖彦(花組芝居)

派遣会社社員?、店員、その他:植本純米(花組芝居)


これも劇場で観たあと、配信最後の5/31に再度観た舞台。

やはり昨年は劇場公演は直前で中止になってしまい、配信だけ観た(ほぼ四獣なので、勿論DVDも購入 笑)

その時はキャラメルボックスの西川さんが植本さんとダブルキャストで入ってらして、同じ戯曲なのにそれぞれでお芝居全体の雰囲気が少し異なり、特に桂さんケイちゃんの印象が違うという面白さもあった。

 が、今回は直前で西川さんが体調不良で降板されてしまい、本来の完全上演はちと先送り、その分まで3人が奮闘された公演、だな。


 桂さんと大井さんが、時を行きつ戻りつしながら、お母さんと息子のケイちゃんを瞬時にチェンジして演じるのだが(その他にも幾つか役有り)、衣装も変えずに(マフラーや上着などちょっと小道具があるくらい)、目の前で性別、年齢飛び越えてフッと役が切り替わる。

 植本さんは、派遣会社の社員やコンビニ店員、怪しげな神様、小学生ケイちゃんの同級生は今回はアスカ(エヴァ)仕様だっけ? 笑 もう何でも有り。それぞれに工夫を凝らして巧みで、一人で万能のバイプレーヤーズ状態である😅

 この方々なら当然と思いつつも、改めて惚れ惚れと見惚れてしまった。


 今回は結構演出が変わっていて、昨年とはかなり印象が違った。

 先に面白さと書いたが、単純に面白いお芝居ではない。可笑しく笑える部分も沢山あるが、全体としてはむしろ精神的にキツイお芝居で、配信とは言え「親の顔が見たい」とダブルで観た5/31はかなり疲弊した(自業自得😅)


 ただ、昨年観た時よりも今回の方が最終的な印象が柔らかい気がした。

 子供時代のケイちゃんに対するお母さんの言動が、身勝手ではあっても本当にケイちゃんを思ってのことと感じられたのが大きい気がする。

 この時のお母さんは桂さんが演じている。引きこもりのまま大人になったケイちゃんも桂さん。


 昨年版はお母さんがかなり自分本位に思えて、振り回される子供のケイちゃん:大井さんが気の毒だったので、大人なケイちゃんが相当な自己中になってお母さんが振り回されるのは、まあ、当然かとドライに思ってしまったりもした😓 (ただし、振り回されるお母さんはまた大井さん、そこはまた気の毒・・・)


 でも、2022年版は多分に妄想的ではあっても子供想いなお母さんに思えたので、大人で自己中なケイちゃんの行動には結構イライラしてしまった。

 

 それが半ば騙されて戦場に連れていかれ、言ってみればアムロとかシンジ君のように無理矢理戦争の最中で働かされて、結果として成長したように思えるのは良いのか悪いのか。


 戦争から戻ってきたケイちゃんが、年老いて呆けも始まっているようなお母さんをコンビニで見つけて一緒に自宅に戻ってきた後のシーン、ここも印象が変わった理由の一つ。

 昨年はお母さんは最後まで大井さんのままだったが、今年はラスト、桂さんにスイッチ。


 お母さんがずっと見続けている怖い夢はケイちゃんの現実と重なる。夢を語るお母さんも、戦争を生きるケイちゃんも今回は桂さんだ。

 お母さんとケイちゃんは入れ替わりながら人生を繰り返しループしているのかも、なんてことも思った。


 そして、お母さんをギューっと抱きしめてあげるケイちゃんは昔も今も大井さん。泣かされそうになった。


 大井さん、子供のケイちゃんの可愛らしさは勿論、青年なケイちゃんもスッとしてカッコいい。ケイちゃんを何とか一人でも生きていけるようにしようと腐心するお母さんも老いておっとりしたお母さんも良かった。お母さんにとって、途中から、コーラはケイちゃんを救う魔法のアイテムみたいになってたのかなと思ったりした。

 それが軍に入れば入手し放題というのも象徴的だ。

 派遣会社のマスコットは言わずもがなの可愛らしさで説明も巧み。引き籠もりの男子を釣るにはもってこいのキャラよなぁ😅


 桂さん、基本立役なのに女性役もすごく引き寄せられる。息子に妄想のような夢を押し付けるちとイタい母親なのに可愛らしくどこか憎めない。そしてそのままチェンジする大人になったケイちゃんは、もう全身から自己中なダメダメ振りが醸し出されて呆れるやら感心するやら😅 対して、戦争から戻ってきた時のケイちゃんはそれこそ凛々しくカッコいい。見惚れてしまった。

 それから、コーラを探す旅に出たお母さんが出会う明るく真っ直ぐな配達員さんはパラレルワールドのケイちゃんなのかな。思いっきりわざとらしいウィンクも素敵だった 笑


【あらすじ】

(でもこのお芝居はあらすじ書いても仕方ない気もする😅)

 一人息子ケイに音楽の神に愛されているとヴァイオリンを押し付けてきた母親は毎日のように恐ろしい夢を見ていた。どこまでも歩き続け、やがて人を殺して覚める夢。

 ある日、小学5年から大人になっても引き籠りを続ける息子が半ば嫌味で請うたコーラを探しに出かけるが見つからない。

 その間にケイは母親が親戚から紹介してもらった会社にネットでアクセスし、そのまま就職を決めてしまう。それは民間ながら戦場に人員を派遣する会社だった。

 避けようもなく戦場に送られたケイが体験する世界はかつて母親が見ていた夢そのもの。 

 ケイが戻ってきた時、母は老いて呆けも始まっていたが息子のためにコーラを買いにきていた。

 怖い夢を見ると言う母親をケイは子供の頃のように抱き締める。

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親の顔が見たい(ネタバレあり)

渡辺源四郎商店第36回公演 
下北沢 ザ・スズナリ
5月6日マチネ観劇
作・演出:畑澤聖悟
キャスト:
森崎次郎(志乃の父):各務立基
森崎雅子(志乃の母):山村崇子 (青年団)
長谷部亮平(翠の父):佐藤 誠 (青年団)
長谷部多恵子(翠の母):森内美由紀 (青年団)
辺見重宣(のどかの祖父):猪股俊明
辺見友子(のどかの祖母):羽場睦子
八島操(麗良の母):根本江理 (青年団)
柴田純子(愛理の母):山藤貴子 (PM/飛ぶ教室) 
井上珠代(道子の母):東さわ子 (劇団東演)

中野渡治江(校長):天明留理子 (青年団)

原田茂一(学年主任):近藤 強 (青年団)

戸田菜月(2年3組学級担任):折館早紀 (青年団)
遠藤亨(新聞配達店の店長):三上陽永 (虚構の劇団 ぽこぽこクラブ)  

 

今頃ようやく書いている😅

 東京楽日を観て、それから配信を終了ぎりぎりの5/31にもう一度観た。

 お芝居としてはとても良くて引き込まれるのだが、精神が脆弱な私などには話がエグすぎて再度観るには少し冷却期間が必要😓、という舞台。

 昨年は直前で劇場公演は中止になってしまい配信のみになったのだが、それも観た(及び腰ながらDVDも購入。陽永さんがご出演なのでね😅)。

 その時は、お芝居、役者さんの巧みさに引き込まれたものの、展開のエグさに感性が硬直してしまい、あまり色々考えられなかった。

(そういう方も多いように思うが、自分も中学1年の時にイジメに合っていたので尚更。はるか昔で今よりも虐め方は単純だったと思うが、今でも確実に影響は残っている。)

 でも、今年はキャストが変ったせいか、心構えが出来たせいか、もう少し色々なことを勝手に考えながら観ていた。

 名門女子中学で、自殺した生徒の遺書に名前があった5人の生徒(イジメの加害者側)の親が集められて話し合う展開なのだが、自分の子供の無実を信じて守ろうとする親達、と書くと美しく思えなくもない。

 だが、傍で観ているとヒトの無自覚な暗黒面全開。

 いや、別に重苦しいだけの芝居ではない。親達の行動はその辺でもよく見かけるような何気ない日常会話のノリだし(チラチラとマウント合戦があるのも日常だろう)、思わず笑ってしまうような行動も度々出てくる。

 役者さん皆様さすがで[やらないだろ、普通😅]というような行動もすんなり飲み込めてしまう。

 でも、だからこそ怖くもなる。

 本人も半信半疑、軽い気持ちで言い始めたことが他者の同意を得て勢いを増し、あたかも正論のようになって自らの正当性、権利を主張する。相手の小さな落ち度を論い、論点をすり替え、持論を押し通す。

 形は違えど同じことが子供達の間でも起こっていたのだろうと想像してしまう。親を見ながら子供が透けて見える気がする。役者さん達が見事に自然に体現されるので、わかっていてもやはりゾッとした。

(昨年、同時に配信された「ともことサマーキャンプ」は役者さん達が親と生徒の両方を切り替えながら演じていたのでもっと印象がえげつなかった。)

 そして、昨年観た時はあまり引っ掛からなかった学校の先生達の言動が今年は何だか気になってしまった。

 自殺した自分のクラスの生徒を自ら発見して壊れそうになっている戸田先生はともかく、校長も学年主任もあくまで誠実そうな雰囲気を醸し出しているが、一時は遺書を隠すことに同意し、状況が許せばイジメはなかったことにすらしかねない感じだった。

 事件当日で一時的に混乱していただけかも知れないけれど、人々が声の大きい人の意見に引っ張られる様をまざまざと見せつけられた。

 そして、先生達はその後も何処か他人事(自分は部外者である)という雰囲気を感じてしまった。この問題にもっとも適切な対応を職務として模索しているだけ・・・

 と自分で書いていて、あれ?そりゃ、そうか、と急に思った。

 先生は仕事だ。生徒を教育するというとても特異的で責任も重い職務だけれど仕事には違いないし、校長や学年主任となれば他の生徒達も学校自体も守らなければならないだろう。何処かドライさを保たなければ出来ないことかと、今、思った。

 ここの所を考え出すと学校教育の範疇、教師の職務とは?などと舞台の感想の範疇を越えてしまうのでこの辺で😓

 その点、新聞配達店の店長は単純に道子さんのことだけ考えることが出来る。彼のストレートな怒りや悲しみの発露はこのお芝居の中で一筋の光のような救いに感じた。いかにもヤンキーな外見と怒鳴り散らす様には迫力があったが、そのくせ、一通り主張し終わるときちんと挨拶して証拠の遺書も預けて去っていく。「親の顔が見たい。」は彼の言葉だ。

 そもそも陽永さんがご出演なのもこのお芝居を観る動機の一つだったので、そういう役で嬉しかった。

もう一つ、各務さんがお元気そうにやや気弱そうなエリートさんを演じてらしたのも嬉しかった。

 それにしても、やはり最後に学年主任さんが長谷部夫妻に「翠さんは良い子です。」と仰る意図は何なのだろうと思う。

 表面的には両親を慰めているのだろうと思うけど、単体でみれば "良い子" が集団になると同級生を自殺にまで追い込むことがあるという世の中の構図を示しているのか?

 これは昨年観た時からなのだが、ラストの長谷部夫妻の言葉はちょっと「三人姉妹」の「生きていかなければ」が浮かんだ。

 
【あらすじ】
名門カトリック系女子中学校である星光学園の一人の生徒がいじめを苦にして自殺し、遺書に名前が書かれていた5人の生徒の親達が招集された。
遺書の最後に彼女達の名前が記されているだけで虐めの加害者とは書かれていない。
徐々にお互いに話し出した親達。
自分の子がそんなことをするはずがない。子供を守らねば。そもそも自殺した子の親はパートで稼ぐような学園にそぐわない家庭環境、その子もアルバイトをしていた。
等と非の在り所を相手に求め出す。
担任や年下の友人に届いた遺書をスキを見て燃やしたり飲み込んだりして遺書自体を隠蔽しようともするが、遺書はバイト先の店長にも届いていた。
怒りを抑えきれずに乗り込んできた店長が、自殺した生徒が援交までさせられていたイジメの数々を暴露し、彼女に謝れ!と怒鳴りつける。
さらに自殺した生徒の母親が訪れ、鋭い言葉を投げつける。彼女の元にも遺書が届いていた。
親達の話し合いの主導権を握っていた他校の教師である長谷部父が実は娘の何も見ていなかったことを長谷部母(彼女も教師)が暴き、本当に気づいていなかった他の親達もようやく事態を飲み込み、子供の元に向う。

放心したような長谷部夫妻だったが、それでも「簡単に罪を認めてはいけない。」と今後の対策を練り出す。この先、生きていくために。

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