「光垂れーる」紀伊國屋ホール(ネタバレあり)その2
その2は、それこそ勝手な思い入れを書き連ねるので本当に悪しからずご容赦下さい😅
(キャストやあらすじは、その1にあり)
まず、その1に書いていない好きだったシーンを思いつくままに羅列。
前説。
基本はサカモンさんと玄太さん(初日だったかな?はチラッと陽永さんも。)
紀伊國屋ホールでもいつもの調子のお二人に嬉しくなった。
サカモンさんの物販宣伝、玄太さんの「ハッピーターン!」も見ることが出来た 笑
さらに楽日はぽこぽこメンバー5人で前説。これも嬉しかった😄
初の紀伊國屋ホール公演をやるに当たって想像していなかった苦労話とか、名前が「ぽこぽこクラブ」ではなかったかも知れない話とか、予想以上にお話が聞けて楽しかった。
クロちゃんに向かって「イケメンで若くて、俺より滑舌がだいぶいいからって・・・」と言いながら自分で落ち込む真ちゃん 笑
怒っているようでどこか優しさも見えるサカモン真ちゃんの、自分の気持ちにも真っ直ぐな様子がとても良かった。
歌うシーンも素敵だった。
蘇りを良しとしない登美子さんが、彼女の認知症の進行を危惧した三宅さんが今のうちにと独断で神様に頼んで蘇った千可子さんに対して、自分の考えを説明した上で「でも、悔しいねぇ、あのジジィ、やっぱり嬉しいもんは嬉しいや」と千可子さんを抱きしめるシーン。
その様子を後悔、安堵、同調?色々綯い交ぜになったような表情で見つめて頭を下げる陽永三宅さん。泣かされた。
やはり役者な陽永さんには引き寄せられる。
認知症症状が時々出てる登美子さんと三宅さん、蘇ってからはそこに千可子さんを加えた3人のやりとり、可笑しいのと切ないのがすごく巧みに組み合わされていて、本当に笑いながら泣かされそうになって困った。
大沼さん、小山さん、お二人ともチャーミングで男前。
消火活動後、諭さんと富士夫さんが飲むシーン。
父に向かって握手の手を差し出す玄太諭さんのぶっきらぼうに照れた表情がとても微笑ましかった。
40歳な玄太諭さんとべーさん富士夫さんのやり取りがお二人ともすごく良い雰囲気で、「父親と親友に。」というような台詞は、陽永さんがご自身で言いたかった言葉かな?なんて勝手に想像してまた泣かされそうになった。
富士夫さん御一家、木村さん弥生さん&辻さん翠さんはどちらもやはり母娘だなと思わせるおおらかさと強かさがあったし、良い御一家だと思う。弥生さんを信用してるから(信用しすぎな気もするぞ😓)、死んだ自分が居なくても大丈夫と考えてしまい、ああいう考え無しに見える行動になるのかな、富士夫さん😅
にしても、弥生さん、どんなお仕事してるんだろ?
40歳の息子はウーバーイーツでバイト、娘(も30歳にはなってるよね)はインフルエンサー目指して修行中って・・・大変ですね、と頭の片隅で思ってしまった・・・
ダンスシーンはどれも見応えがあって素敵だった。
楽日のクライマックスのダンスシーン、いつもはべーさんから始まって順々に全員を観ていたのだが、陽永さんのこのダンスはクラファンリターンのDVDでは見られない!(演出だけで、出演してなかったから)と気づいて(遅い、遅過ぎるぞ、自分😓)、ロックオンして凝視してしまった 笑
さて、次は色々考えてぐるぐるしていること。
勝手に悶々としてるだけなので、お気になさらず。
寝太郎さんの存在。
しょっちゅう眠っていて、起きると、夢で今度もお姉さんを助けられなかったと嘆いている。まるで萩尾望都さんの「酔夢」のような無限ループ。
このお芝居で”夢”は死者と生者の世界を繋ぐモノだ。夢は存在していない側の世界が見える。
寝太郎さんは蘇ったものの半分くらいは死者側に存在が残っているということだろうか?
彼の存在の意味は何なのだろう?
ずっと考えている。そこを掘り下げても面白い話が出来そうな・・・
クライマックスのダンスシーン、ウエディングドレス姿の3人がいるのに途中メインで踊る女性は別な人達というのがちょっと勿体ないような気がした。いや、皆様、素敵だったので良いのだけれど。
それに「真ちゃんを好きなのはずっと変わらない!」と明言した明美ちゃんとなら、真ちゃん、やはり冥婚式をやって良かったのでは?と思ったりした。
(前バージョンでは明美ちゃんと真ちゃんも冥婚式をしている)
ツクモンは何故、瑞穂さんに「父だ」と名乗れなかったのだろう? 瑞穂さんが成仏すると決意するまでは言えないという制約でもあったということか? いや、でも瑞穂さんが成仏しなかったのは父親を探していたからだと思うので、だったら告げればそれで済むはず。
付喪神となった自分は成仏出来ないから隠していたのかと考えていたが、今回は最後に瑞穂さんと一緒に行くしな。
告げずに瑞穂さんが自ら気づけば魔法が解けて成仏出来る、みたいなものか?
(と、勝手に設定を創っていくのである😅)
最初のシーンの後、客席通路を歩いてきて舞台前まできて語り出すべーさん。
それ自体は素敵。素敵なのだが、あの一連の台詞を語る役者さん(べーさん)が瑞穂さんのお父さん役でもあった前バージョンはとてもしっくりきた。
でも、今回、べーさんは瑞穂さんのお父さんではなくて諭さんのお父さんだ。
最初のナレーションを語り部としてべーさんが語るというシーンが悪いわけではないのだが、なんかモヤモヤした。
そして、この時、べーさんが来る結構前から「光垂れーる」のタイトル幕?が下がっていて、風に煽られるように揺れていた。ちと意図がわからなかった。
それと「一筋の光」の台詞で射す光が一筋ではなかった。とても美しくて良かったのだが、チラッとあれ?とも思った😅
今回版は、喧嘩別れで死別してしまった大きな父親に対する諭さんの、引け目と憧れとが交錯した想いの行方が一つのポイントなのかなと思う。
諭さんと富士夫さんの関係性のところは、弥生さんとのやり取りも含めて良い感じだったし、瑞穂さんとの関わり方も、富士夫さん御一家の側から見ればなるほどと思う。
一方で、神様と瑞穂さん、として見ると、瑞穂さんのために蘇りの村まで作ってしまうツクモンが、どちらかというと村人達の一人くらいな大きさの印象になってしまい、ちと勿体ないような気がしてしまった。
クライマックスの祭りを仕切るのもべーさん富士夫さんだし。
それと、台風のとき16歳なら諭さんとさして歳も違わない。限界集落の村なのに、何故に瑞穂さんを知らないんだ、諭くん、弥生さん😅
(前バージョンでは瑞穂さんは諭さんの初恋?の人だった)
弥生さんと登美子さんだって、そんな村の消防団長みたいな人の妻と地元酒屋さんなら間違いなく知り合いでしょう。クライマックス前にチラッと交流シーンがあるけど、お二人のやり取りももっと見たかったような。ま、これは時間的に仕方ないかと思うけど。
神様と瑞穂さん、諭さん&理沙さんに富士夫さん御一家、真ちゃん&明美ちゃんとクロちゃんや大田原軍団、登美子さん千可子さん母娘&三宅さん、山田先生とその生徒達、オムニバス形式で話があって、最後に繫がる、というようなぽこフェス舞台をやって欲しい。
(観るだけの奴は勝手なことを思う 笑)
なんて書き連ねた諸々は、前バージョンを観ているから感じることだと思う。
今回だけを考えれば、それぞれの繋がりも上手く纏まっていて、笑えて泣けて、超常的な事から社会問題的な視点まで盛り沢山なぽこぽこクラブらしいお芝居だったと思う。
紀伊國屋ホールで観ることが出来て良かった。
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