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どんとゆけ(ネタバレあり)

【主催】渡辺源四郎商店 なべげんわーく合同会社


2020年1月18日,19日観劇(渡辺源四郎商店しんまち本店2階稽古場)
2020年1月26日観劇(こまばアゴラ劇場)


作・演出:畑澤聖悟

キャスト:
青木しの(1年前、栗田和哉と獄中結婚):小川ひかる
北林鋼太郎(青森拘置所の保安課長):三上陽永(虚構の劇団、ぽこぽこクラブ)
栗田(青木)和哉(死刑囚):工藤和嵯
大崎一郎(殺された大崎繁之の父, 息子と孫二人を栗田和哉に殺された):田中耕一(劇団雪の会)
大崎咲子(殺された大崎繁之の妻, 夫と息子二人を栗田和哉に殺された):木村知子
権藤明(咲子が勤めるスーパーの店長):佐藤宏之 

 

1月に観た際に感想を書こうとして書けなかったので、DVDを購入して観返した今、書いている。

いやぁ、改めて観ても凄いお芝居だと思う・・・
観る人によって受け取るものがかなり異なるような気がするし、いろいろなことを考えてしまう。
観ていると気分も頭もごちゃごちゃになってくるので、感想もまとまらない・・・


死刑員制度という先進的なのか逆行しているのかよくわからない制度。(勿論、架空の制度)

当該被害者の遺族が死刑を執行する。遺族がその権利を放棄すれば死刑は自動的に無期懲役に変わる。


それが青森という土地で青森弁で語られる。
これもかなりポイントになっていると思う。その地に残る人の魂、想いが容易に感じ取れる場。

私はなべげんの稽古場で最初に観たので、映像を観ていてもあの独特の異様な雰囲気を思い出す。

あの家鳴り・・・

アゴラでは外の電車の音なども聞こえてまた異なる効果もあったと思うけれど、青森のあの稽古場で聞こえてきた音。
最初は単なる軋み?とさして気に留めなかったが、次に聞こえてきて、違う!これは・・・

ぞっとした。

音と照明、そして役者さんの仕草、表情で滲み出してくる、この家に纏わりついている何か。
人の魂、想い? 怨念?・・・ではなさそうだけれどどことなく禍々しさも漂う。

それをさも愛おしそうに見渡すしのさん。
(実はここでは、既に2人、死刑執行されている。)

怖かった・・・
あの稽古場で観て良かった。


そして、それぞれに強烈な印象を放つ登場人物達。
皆、どこか傾いで見える。

メイド喫茶ですか??な装いで、人目も憚らず和哉さんに色っぽい言動を投げかけるしのさん。
お年寄りの見守り訪問してる民生委員さん?のような明るさと笑顔で、時に恐ろしいほど遺族や和哉さんの気持ちに無頓着にも見える北林さん。
終始おどおどしている気弱な青年に見えるが「なんで死ななきゃならないんですか!」と正面から言われると、いや、だって君・・・と思ってしまう和哉さん。
和哉さんを人として見始めていて迷いも見えるようだが、執行をやめようとは決して口にしない一郎さん。
ギリギリと音がしそうな緊迫感と怒りのパワーに圧倒されるが、それでいて付き合っていた権藤さんにこの場所を教えていたりもした咲子さん。
多分とても普通な人なのだろうが、あの場では良し悪しとかではなくただただ場違いに思えた権藤さん。

 

どの役者さんも観ていて苦しくなるくらい真に迫って感じられた。

どのキャラに沿って観るかでまた随分印象が変わるような気もした。


殺害した3人の写真を目の前に並べられて、オムライスを途中から一気に食べ切る和哉さんの姿。
刺すように睨み付けている咲子さん、にこにこ眺めているしのさん、なんとも表現し難い気分になった。

ゴニンカンゲームの時は一郎さんは明らかに楽しそうだし、もちろんしのさんは和哉さんと一緒で楽しそう、和哉さんもちらっと笑顔になる。
一人だけ当事者ではない北林さんはちと浮いているけれど、まあまあそつなく溶け込んでいる。
そんな雰囲気の中で、咲子さんは必死に怒りの感情を離さないように自らに強いているようにも見えた。
和哉さんが笑顔になるこの一瞬、ちょっとだけ疑似家族的な温もりが感じられて好きだったが、すぐに物凄い勢いでぶち壊される。

 

和哉さんの手紙を読んで迷いも見える一郎さんも、執行を止めるとは言わない。
咲子さんと二人だったからかも。お互いに決意を支え合って(しまって)止めなかった。
どちらが良いとか軽々しく判断出来ないけれど、どちらか一人だったら執行を止めたのかも知れない。


いや、でも、しのさんがいる、か。
彼女が若干けしかけているようなところも感じた。
しのさんは和哉さんが死刑になることを望んでいる。”死刑になる和哉さん”を愛している、のだと思えた。

しのさんの言動はこのお芝居だけを観た時はひたすら謎だった。

でも、これの前日譚として合わせて上演された「だけど涙が出ちゃう」と観たら、少しわかるような気がした。
ただし、これは今回新たに工藤千夏さんが書かれたものなので、同じしのさんと考えるか、パラレルワールドのしのさんと考えるかは観客の自由。
私は同じ世界として観て、過去に淡々と自らの処刑に臨んだ男性に囚われてしまったしのさんが、その一種清廉にすら思える面影を求めて次々と死刑囚との関係を持っているように思えた。

しのさんの「被害者様ってのはそんなにエライものなんでしょうかねぇ。」というのも、何だろう、この人、と思ったが、「だけど涙が出ちゃう」を観たら、彼女からそういう言葉が出るのもちょっとわかるような気もした。
とは言え、これはここでの被害者遺族達には全く関係ないことで、煽られているような気もするだろう・・・


んー、いや、もしかしたらこの家に宿っている何かが彼女をそうさせているのかも知れない。

この家で執行することになったのは和哉さんが望んだからだろうが、それはしのさんが提案した気がする。
もし、しのさんがこの家の何かに囚われ、操られているのだとすれば、それらがここでの執行を望んでいた。
そして、それらが一郎さんや咲子さんの気が変わること(死刑執行を放棄すること)を邪魔していたのかも知れない。
そう思って観るとそんな風にも見える・・・

・・・どうも私は怪奇な歪んだ考え方に惹かれる(^^;

 

私は陽永さんが第一目的だったので、どうしても北林さんの言動に意識が行き、彼の言動の理由を考えながら観ていることも多かった。

基本的に良い人そうなのだが、陽永さんファンの目から見ても、この人の言動には時々ぎょっとさせられた(^^;
「規則ですから。」はいかにも融通が利かない公務員らしくて苦笑するくらいだったが、例えば、当人が聞こえる状態で遺体の運び出しや臓器の話をするか、普通??
何故にそうなのか?と観ながら考えてしまっていた。

彼の言動を理解しようと思うと、死刑員制度が出てくる。

死刑員制度の是非を考え出すと収拾がつかなくなるが、死刑制度は廃止される国が多くなっていたはず。
そんな中で死刑制度を続けるに当たって、死刑判決が出ても執行は遺族に一任されるというのは理に適っているのかもと思ったりした。

人の命を奪うという行為は人間の本能として拒否反応が出ると思うけれど、それを仕事として行わなければならない人がいる。
きついだろう。

それを自らが背負う覚悟を持って遺族が死刑を望むのであれば、それは今の状態よりは合理的なような気がしなくもない・・・かぁ?
彼らが執行したということは周りの方々にも知られることになるだろうし、権藤さんのようにそれに拒絶反応を示す人もいるだろう。
大切な人を失った上に自らも精神的な重荷を背負う、というのは酷過ぎるよな・・・

とは言え、全く関係ない刑務官が仕事としてその重荷を背負うというのもやはり酷いと思う・・・

実はつい先日(2020年5月6日)オンラインzoom演劇という形で「12人の優しい日本人」を観た。
当時日本ではまだ成立していなかった陪審員制度があったらという仮定で書かれた本なのだが、その中で一人、以前にも陪審員をやった方がいて、その時の被告人が有罪となり死刑になったという経験からとにかく無罪を主張する。

北林さんが心情を吐露するところでこの方のことが頭をかすめた。
まだ死刑員制度が出来ていなかった頃、刑務官として死刑を執行していた。
「どん!」という音。 
慣れるようなものではないだろうし、それをやりたくて刑務官になった訳でもないだろう。
生まれる子供への影響は昔話等でよく出てくる話だし、自分への非難は聞き流せても子供に及ぶと反射的に激高してしまう北林さんの心情を思うととても痛かった。

だからこうなった今は規則を盾に、極力、全てを遺族にやらせる。

また、この制度そのものが遺族が死刑執行を止めたくなることを狙って、受刑者の最後の願いや食事に遺族を立ち合せるのでは?などと思いながら観ていた。


それから、北林さんにとってこれは仕事だ。
遺族にとっても受刑者にとってもこれはとてつもなく稀有な状況だろうが、北林さんはおそらく何度も経験している。
まあ、すでに課長の北林さん、通常の場所(刑場のある拘置所ですね)での立ち合いはもうやっていないと思うけれど、こういう特殊な場所での執行には立ち会わざるを得ないのだろう。
毎回毎回様々な人の想いが溢れていることだろうが、それにいちいち反応していたらやっていられない。
何度も繰り返すうちに無意識に感性のどこかのスイッチを切ってしまった結果、あんなお気楽な口をきいたり、献体の詳細を本人に聞こえるところで話してしまったりするのかもと思った。
それでも完全には切れないから喉が渇くのかもと思う。
それでいて、締めるところはしっかり締める。
あの家に纏わりつく何かも耐性が出来ている彼には触れない。術を使わない陰陽師みたいなものか?というのは想像し過ぎだとは思う(^^;

個人的には「(死刑囚が執行前にショックで死んでしまったら)誰が困るんですか?!」と咲子さんに聞かれて、即座に、パンフレットになんて書いてあるかと促してから「法務大臣ですよ。青森県知事じゃないんですよ。だからお願いします。」と答えるところが妙に好き。
彼の立場と諸々の心情を端的に示していた感じがする。


あれを標準語で東京という設定でやったらどうなるのだろう? 
それはそれで興味がある。

 

 

(あらすじ)
被害者遺族が死刑を執行するという死刑員制度が制定されてから10数年が過ぎた頃。

死刑囚青木和哉が、死刑執行のため、獄中結婚した青木しのの家に連れてこられる。
連れてきた保安課長北林の目も気にせず、しのは喜々として色っぽく和哉に話しかける。
やがて、死刑を執行する一郎と咲子がやってくる。
夫と幼い息子二人を殺された咲子は怒りを真っすぐに和哉にぶつける。

人当たりの良い北林が死刑員制度の説明を始める。
規則に細かく、受刑者への配慮を求める北林に咲子が怒り、それをしのが煽り、一郎が取り成す。

2階にある絞首刑の場の準備。

受刑者への最後の食事。彼の望みは被害者3人も大好物だったオムライス。
咲子が無言で並べた3人の写真を前に和哉はオムライスを一気に食べつくす。その姿を笑顔で眺めて世話をするしの。

受刑者の最後の望みはゴニンカンゲームをすること。
かつて家族とやった思い出のゲーム。
それなりに盛り上がり、和哉も笑顔を見せるが、和哉の罪のせいで崩壊した彼の家族の顛末を咲子がぶちまけて場が凍り付く。

受刑者が安らかな気持ちになれるよう読経もしくは讃美歌斉唱。
納得できない咲子はもめるうちに北林が子沢山であることを責めてしまう。
子供のことを言われた北林は激高する。気を落ち着かせてから語る。
この制度が始まるまでは死刑執行は刑務官の仕事だった。北林も執行している。子供が生まれる時に何か異常が出ないか怖かった。
でも、配偶者が妊娠している者、身内に不幸があった者は執行の命令を拒否できる・・・

歌が終わり、執行の場に行こうとするが和哉は動けない。

そこへチャイムが鳴る。
現れたのは咲子が密かに付き合っていた職場の店長:権藤。

権藤と咲子、一郎が一時席を外し、かかってきた電話で献体の話をしていた北林もトイレと言って消えた後、
和哉はしのに「逃がしてください。」と頼むが、しのは笑顔で拒否。
和哉からの手紙を読み上げ、彼の死に向かう覚悟に微笑んだしのは「すでに2人ここで死んでいる、大丈夫。」とうっとりと部屋を見回す。
そして彼女は和哉にキスをする。

戻ってきた咲子は、彼女が人を殺すことを嫌う権藤と別れたらしい。

皆が揃っていることを確認した北林が「どうしますか。やりますか?。」と再度聞く。

「やります。」

和哉はよろよろと立ち上がり、それをしのが支える。
北林が先導して、しのに支えられた和哉が続く。

「行きましょう。」足の悪い一郎を咲子が支えるようにして2階に上がる。

どん、と音がする。

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